2012年02月09日

 先日佐賀に帰った折り、本当に久しぶりにですが映画館に足を運びました。見たい映画は数多くありますがそのほとんどは何かの都合で見過ごしていました。映画は映画館で見るのにこだわっています。ビデオで見ても何か物足りないのです。画面も違うし音響も違うのですが、それよりも劇場の持つ一種独特の雰囲気が映画館にはあるようです。家のテレビで見ると、家庭の現実感に負けてしまい、映画の世界に浸れきれないような気がするのです。映画全盛期の終わり頃を知っている者にとっては、昭和30年代の娯楽のない時代にあっては映画を見に行くことは、一大事であったのです。農家であり、鶏を数百羽飼っていたため、家族で家を空けることはほとんど無く、壱岐の島と佐世保等に行った数回の家族旅行は未だに鮮明に残っています。数が少なかったのでそれだけ印象に残らざるを得ないのです。家族での旅行は本当に少なかったのですが、幸い農業一筋の父親が映画好きだったので、たまに連れられて行くことがありました。 
 
 テレビのない時代に映画を見ることは子供にとっては最大の喜びであり、胸を躍らせて佐賀の街に出かけることであり、滅多にない外食をすることでもあるのでした。今では考えられないことですが、満員の映画館で立ち見をして人々の肩越しにスクリーンを見ることもしばしばだったのです。その雰囲気が映画館だったので、上映されて暫くしてビデオ化されたものを見るのに抵抗があったのです。あのころは映画を見ることで同じ体験の一体感を共有していたために映画に対して特別な思い入れがあったようです。国としての同時代性が残っていたのを懐かしがっているだけかもしれませんが、孤独死や無縁仏の数は年々多くなっていますし、孤族という言葉は最近になって使われだした言葉です。家庭での幼児虐待などの寒々とした事件は後を絶ちません。個々の生活が家庭なしでも営めるようにしてしまった社会の風潮を見直し、家庭のあり方を、家族の良さをもう一度認識し直すところから本当の絆は生まれてくるのではないでしょうか。

 実は映画を見に行くきっかけとなったのは、テレビで放映された「オールウエイズ 三丁目の夕日」を見たからなのです。最新版は「64」です。そんなに豪華な映画とは思いませんし派手な活劇や心理描写があるわけでもありません。むしろ地味な日常の生活が描かれています。昭和を知らない若い人には何の感興もわかないかも知れません。しかしながら、私には懐かしさを通り越して現代を考えさせる内容のある映画だったのです。映画の中では今と違って地域が生きていましたし、隣近所が支え合っていたのです。そして人々は個人の発展と社会の発展が国を良くすると信じて働き続けているのが描かれています。地域があり、隣人が居て家族があるのです。人のために自己を犠牲にして生きることに価値の重きを置いていた時代だったのです。個人主義と利己主義の本来の意味を私たちはどこで取り違えてしまったのでしょうか。戦前の全体主義の戒めとして登場した個人主義は、最善の社会を造る前提であったはずですが、個人主義の底にあった他人に対する配慮や優しさを見失っていたのかも知れません。人間が人間らしく生きられなかった時代には人間の解放と自由をもたらすために個人主義が生まれたのであり、それはあくまでも対政治的なのです。政治が民主的になった時代において個人主義を振りかざしても、それは利己主義が外見を変えて主張しているのにしか過ぎないのです。

 個人主義だからとか、価値観が違うからとか異なる意見を交わすときによく使われて、さも新しい考えを身につけているがごとくに会話を遮断されていました。異なる価値観だからと自己の狭い価値観の中に、個の殻に閉じこもった結果が現在の孤族の社会を招いたのではないでしょうか。もっと生きている土台の深いところを掘り下げるところに価値観を見いだすようにしたら、個人主義の先にある大切のものを共有出来ていたのかも知れません。昔が良かったという懐古趣味には陥りたくはありません。昔の良いところの裏には見落とされがちですがどうにもならない不幸さも隠されているのです。そう思うと、今の時代の不幸も抱えつつ、絶えざる希望の積み重ねでしか時代を乗り切る術は無さそうです。自己だけが満足する結果を拙速に期待するのではなく、時間をかけて多くの他人が納得できる時代を造っていくのは、社会を主体的に構成している個々の私たちからでしかないのです。

 世の中から少し離れたところで生活をしていると、生活に現実感がなくなって困ります。雪道には獣の足跡、居住棟の玄関のドアーは凍り付いて開けることも出来ません。零下4度の朝の外気の中を歩いていることが、そもそも異空間なのです。街の賑わいの中の活気とはほど遠い宿での生活ですが、何故か外気ほどには寒くはないのです。世俗から離れた山里での、このまま冬の生活も悪くはないので、もう暫くは張りつめた凍てつくような寒さの中で籠もっていたい気もします。


     24年2月9日(木)

     古天神 オーナー 井崎
posted by 風のテラス 古天神 at 17:03 | Comment(0) | 風のテラス便り