蕗の薹

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露天風呂横の蕗の薹

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ご飯に蕗みそを 口には春の香り

ここ宿も2月の半ばにさしかかりましたが、まだ時に朝方の気温は零下に下がります。地元の人もこの冬の寒さは厳しかったとおっしゃいます程に、1月下旬の寒波は零下10度以下にまで下がったようです。その大寒波が来る前に、水と温泉を出し放しにして佐賀に逃げ帰っていましたが、おかげで凍結による破裂等は起こっていませんでした。暖冬の予報で油断していた身には、あの寒波の寒さは佐賀でも震えていました。そのために、体の中は冬の寒さに対して身構え、春の訪れは先のことと冬眠を決め込んで、佐賀での用事を済ませたり、新しいプランを練ったりと、宿も2月は予約を閉め、生活そのものもまどろんでいました。宿に戻り、露天の近くにたまたま目をやると、枯れた庭の中で数カ所、緑が点在しているのです。蕗の薹が顔を出し、そのいくつかは既に外皮から抜け出そうとしているのです。まさかと、まだ身体も気持ちも冬のまっただ中で、春の兆しなど予想もしていなかった時に、蕗の薹に出会ってしまい、こちらが慌ててしまいました。本来ならば春の訪れをすなおに喜ぶべきなのですが、まだ待ってくれと冬の間にすべき事が残っているのにと正直困りました。春は一斉に樹木も草花も動物たちも、息子の巣立ちも仕事も全てが始動し始めるのです。まだ、その心の準備は整っていなかったので、もう暫くは、草木も眠らす冬の中で安眠をむさぼっていたかったのですが、どんなに寒い冬も季節は確かに移り、諸事にも休みなどはなかったのです。

 冬の音の風物としては木枯らしがありますが、この2月のこの時期は冬空を切り裂くような声を上げて飛び回るヒヨドリの声がありますが、今年はこのひよの鳴き声を聞いていないのです。ウグイスやホトトギスが鳴き出す前に、この鳥に冬の風物を感じるものですが、ひよが鳴かないと外の枯れた景色がいっそう寂しくなります。もしくは、蕗の薹に気が付かなかったように、ひよの鳴き声に気づかぬままに過ごしていたのかも知れません。佐賀で暮らしていた頃と違って、この宿をやり始めてから生活が変わってしまったのです。特に佐賀では農家であったために年中行事は農事に関する慣習で生活を送ってきていました。農協の倉庫で男衆達は注連縄を作り、女性はその手伝いと炊き出しの風景がありました。その、当時は何をそこまでしなくても、買ってくれば済むことと合理的に考えていましたが、それらが地域での付き合いであり地縁を形成していて、今にして思えば注連縄を作る共同作業が年末を彩る風景でもあったのです。以前は餅つきさえも近所の数軒で共同して搗いていました。まだ、小学生の頃朝早くから大きなモーターがうなりを上げて、機械での餅つきが始まるのです。祖父は餅取り粉に前垂れを白くしながら丸めていました。各家庭は前夜から水に浸して置いた餅米を蒸し上げてリヤカーに乗せてやってくるのです。母を始め女性の仕事はそのころも表ではなく裏方であったのですが、その支えがなくてはとても行事が維持できていなかったはずです。鏡餅にあんこ餅にひえ餅にとそれぞれの家庭の好みの餅が搗かれていたのです。そのついた餅は大きな水を張った桶に入れられてカビが生えて匂いまで付いていたのですが、それらを削って保存食としてつゆ頃まで食べられていました。
    
正月は厳かで厳粛なものでした。1月1日の朝は臼の上の年神様にお参りをして、台所の神様にもお参りをして、正月飾りの鏡餅の前にお参りをするのです。母が作った見事なおせちが並ぶ前で家族7名が座って祖父の話を静かに聞いたものです。正月とは1年の節目で生活が引き締まるハレの行事でもあったのです。この宿をやって5年が経ちました、ここでの生活も慣れては来ましたが、数十年に渡って続けてきた行事はやはり身体に染みついていたようです。サービス業ですし、人様を癒す仕事をしているとはいえ、自分の身体の中にあった生活リズムを変更するのはまだ時間がかかることを実感しました。そのために、なるだけ佐賀での行事も引き継ごうとしているのですが、宿でのおもてなしの仕事が主となり、正月に向かって年末を迎える心の準備も付かぬままに、あわただしく正月が過ぎていき、自分の中での1年の節目も付かぬままに1月も過ぎてしまっていたので、回りの季節の変化にも気づかず、まだ冬の寒さの中で仕事から遠ざかったままに自分のぬくもりの中で安眠をむさぼっていたようです。まだ眠ったままのまどろみの中でたゆたっていたかった目が、冬の冷たい土を割って芽を出した蕗の薹に目覚めさせられました。

 家族四人で蕗の薹の天ぷらを食して佐賀に帰させる予定でしたが、7日日曜日の朝の急な積雪で取りやめとなり、一人残った宿で蕗の薹のみそを作りました。蕗の薹は痛みが早く出やすい山菜です。外皮が開くのも早く、すぐに黒ずんで来ますのではさみで切り取って汚れを洗って、練りみそに刻んだ蕗の薹を入れて煮詰めました。冷ましてなめてみると、確かにほろ苦い中に春の香りが広がりました。

28年 2月11日

古天神  井崎
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